2019年09月06日

ジョージよ、さらば。

私が小学生の時、同級だったのが、ジョージだ。

金髪、碧眼。見た目はまったくの白系アメリカ人だったが、日本人パンパンとアメリカ人兵士との間に生まれた混血児だった。

兵士に捨てられ、母子は崩れかけた木造家屋の階段の下、三角形の物置に、相互に折りたたみ合いながら暮らしていた。

私は、ほぼ毎日、階段のそばの廊下に通い、勉強を教えたり食べ物を運んだり相撲をとったりしていた。

母親は私と目を合わせようとせず、いつもいつも右に左にと避けて、なんとか後ろを向こうとしていた。

ジョージとは額を突き合わせて色々話をしたものだ。

何年もたってから、同窓会で、酔っぱらった私の耳に、お前、何言ってんだよ、ジョージはもうとっくに死んでるよと教えてくれた者がいた。

あ、そうだったの。
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2019年09月10日

そうだったのか

わたしは、母が、初産を控えて不安げな若い女性に、太い雲古を出すようなものよ、と語っているのを聞いてしまった。わたしは、太い雲古、だったのか!
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2019年09月18日

その、最期の、時の時


広島の原爆資料館に展示してあるいくつかの腕時計は、八時十五分ちょっと前、八時十五分ちょっと後を示す。

時計ではないが、最期を示す刻印の例がある。懇意にしていた一世代上の外科医が高校生の私に教えてくれたエドガーアランポーの作品に、殺害された男の目の網膜に殺害者の映像が残っていたので、逮捕できたという話だ。

重症肺結核患者であった父は、肺の空洞に台所で使うスポンジを入れるというとんでもない手術を受けていた。取り換えるために、胸は開けっ放しだった。スポンジが移動し、気管をふさいだ。せき込む父は、死の瞬間の時刻を確認しようと腕時計を見た。スイス製の結構高級な時計だった。鰐革のごついリストバンド。痙攣によって、なんと、それが切れたのだ。

目を大きく見開いたまま自らの最期の時の時を見て死んだその目の網膜には、何時何分と映ったのか?

遺品のあの時計はどこに行ったかな。上記の外科医は、父の主治医だった。

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2019年09月20日

ぶどう

君が、の葡萄を宅急便で送ってくれたって 今晩六時以降に着くって? 

レキサンドリアかナイアガラか。


五六歳のころ、父が、緑色のブドウを僕に与えた。マスカットオブアレキサンドリア。


異国からの風が口と鼻の中に吹き寄せてきた


味も、経験したことがないものだった。たとえるべき持ちあわせ経験がなかった。



アフリカ原住民が、紫色の、自分の皮膚の色と同じのブドウに、房ごと噛みついていた映像を、同じころ見た覚えもある。


小学生になって、冷蔵庫に保管されているブドウをこっそり盗み食いしうと企み、勝手口から家に入ったところ、父が先に盗み食いをしている最中だった。現場を押さえられた父は、私に一房くれて、照れ笑いをしたぞ。


チャイムが鳴った。着いたかな?

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posted by ドリフターズ at 20:47| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月27日

我々が共有する悲劇


年月は、悲劇をもたらすのか。


死を、悲劇のクライマックスとみなすならば、そうだ。


だから、先を見て、今を、悲劇的とみなすのもたやすい。


だがねえ。

死を、健康で堅実な、あるいは、快楽的で隠微な、どちらもやってのける市民生活、日常生活の、その合間合間に予感して、それらとの交換条件がもたらす必然として、受け入れるなにごとかとしてしか、よそから指し示されえないのか、我々は?

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